●…野母崎軍艦島クルージング・ガイド

・・・軍艦島(端島)・・・

端島は、現在『軍艦島』の名で国内外に知れ渡っている岩礁です。

 江戸時代初期は無人島でしたが、1810年石炭が発見され、1870年その発掘がなされるようになりました。が、その間、数回に渡り発掘願いが出されていますが、不許可となりましたが、次第に人が移り住むようになっていきました。
 面積約0.1平方キロメートルいう狭い場所に、最盛期には5000人を越す人々が住んでいました。……当時の東京の人口密度の約10倍という過密地域でした。
 島は、四方を海に囲まれているため、当然住宅居住区の横への広がりは考えられない状況でしたので、それをどこに求めたかというと、頭上だったわけです。
 鉄筋コンクリート造りの5階建て、9階建てなどの高層アパートが次々に建設され、現在の姿を形作っています。
 『軍艦島』とは、その外観が当時の『軍艦:土佐(とさ)』に似ていることから呼ばれるようになったそうです。今日の立体的な都市空間の前進的な姿であったともいえるでしょう。
 その後、資源の減少、石炭から石油へのエナルギー転換政策などにより、軍艦島は、1974年、約80年間の歴史に幕を下ろしました。
海から見た軍艦島 現在の軍艦島