●…日の山神社
■ 日ノ山神社の由来
 ・平安の初期…857年という説と871年という説がある…
  夜、例年の御神事で権現社殿に集まっていた浦の老若が、南西の遥か海上に不思議な光を見た。
  光はだんだんと近づいてきて、日輪のような形になる。野母の浦浜鳥居道というところにおちいったように見えた。
  その夜、熊野権現の社司は不思議な夢をみた。観音菩薩かと思われる丹精な姿が枕に立たれ、
  『われは
唐土(とうど:もろこし)の娘媽神(のまじん)という船魂(ふなだま)の神である。故有って今宵この浦浜に流れ着いたが、
   ここの山頂、西南の海上遥かに見晴らす場所に、われを安置し祀(まつ)るならば、末代までも、
   見え渡る海上の和漢の船を、海難から護るであろう』と告げたのである。』
  社司が、夜が明けるのを待って浜へ行ってみると、果たして唐木に彫った観世音のようなお姿の像が一体流れ着いていた。
  浦人たちも、昨夜の光る物がこれであったかと驚き、社司の夢とも符合するので、これを日ノ山に崇祀(しゅうし)することにしたのである。
  朝、太陽が昇り、西の山に傾くまで輝き満ちている山であるのに加え、今また日輪の光のある尊像を安置し奉るのであるからと、
  
“日ノ山”と名づけられ、この神を“日山大権現”と尊称することになった。
  暗夜、海上で風波に迷い、方角を失って難破しようとするとき、突然日の山に火光が現れ、それを目印になんを逃れる例も多い。
  
“日の山”“火の山”と呼ぶのも、そんな所以である。・・・・参考:長崎名勝図絵「海門山」より
◆…娘媽神(のまじん)とは・・・?
 ・娘媽神女(ろうま)のことで、海の女神で、またの名を『娘媽神』・『媽祖』・『天妃』・『天后』とも呼ばれています。
  中国福建省や広東省などの華南地方の海岸部一帯で信仰されている女神のことをいう。中国(唐土:もろこし)出身。
  『娘媽』は、漢音ではジョウボ、呉音ではナウモと読む。慣用音では、ニャンマとかニャンニャンとも言います。
  つまり海の民の象徴(海の女神)のことです。